歴史と文化と除夜の鐘

先日、騒音苦情問題に関する気になる記事を読みました。

「運動会の花火」「除夜の鐘」に苦情多数で禁止拡大の不寛容


運動会当日の開催を知らせる花火の音はともかく、除夜の鐘の音に対してまで苦情が来ていて、お寺が除夜の鐘を撞く事を止めたり時間をずらしたりする事態になっているという事に驚き、呆れました。日本の伝統行事である除夜の鐘に対し苦情を入れる者がいる事、そしてお寺ではそれに従わざるを得ない状況になっている事。
毎日でも毎週でも、毎月でさえない年に1回の日本の伝統行事がクレームによって存続が難しくなっているなんてとんでもないと思いさっそくネットで色々と検索してみると、どうやら数年前から各地でこのような事になっているようで驚きました。
しかし同時に、今回除夜の鐘について調べた事で今までの私の除夜の鐘という伝統行事に対する認識を改めなければならなくもなりました。

私がこの件でネットを検索して見つける事ができた信憑性が高いと思われる「除夜の鐘が始まった時期として最も古い説」は、960年に建国され1279まで続いた中国王朝の『宋』で始まり、『鎌倉時代』(1192(諸説あり)~1333) の日本に伝えられその後室町時代から江戸時代にかけて徐々に日本中に広まっていったというもの。その程度 (思っていたより古くない) なの? と思い、さらに調べ続けたのですが、この説以外で見つかるのはなんと昭和になってからという信じ難い説のみです。
昭和2年 (1927年) にラジオで初めて上野の寛永寺の除夜の鐘の音が中継放送され、それをきっかけに日本で定着していったという説が、調べ始めると割とすぐに見つかるのですが、メディアで放送される以前から除夜の鐘自体はあっただろうと当然のように私は思いました。しかし、それがけっこう怪しく、少なくとも鎌倉時代, 室町時代, 江戸時代に除夜の鐘という行事が存在していたという証拠はほぼ存在しないようなのです。
元々お寺の鐘は「時の鐘」と共に時報として使われていたらしく、日の出から日没までの間、時代によって1日3回から7回毎日鳴らされていたようです。だとすると確かに「除夜の鐘」というものが特別な行事として成立するのは難しいだろうと思えます。いや、大晦日だけ特別に日没後の深夜から元旦にかけて時報とは別に鐘を撞いた事が特別な事だったんだろうと考える事もできるのですが、この考え方自体がじつは現代的だったりするのです。
現在使っている、季節や昼夜を問わず1日を24時間, 1440分, 86400秒と等分に刻み、0時を境に日付が変わるという定時法は、日本には明治時代の文明開化の時に輸入されたもので、江戸時代までの日本で用いられていた、季節によって1日の長さが変わる不定時法では「明け六つ」と言われた日の出で1日が始まり、「五つ」「四つ」と刻み、正午の「九つ」を挟んで「八つ」「七つ」と刻んで「暮れ六つ」と言われた日没で1日が終わるとされていて、午前0時という概念どころか、日没後から日の出までの間に日の区切りがあるという考え方さえ一般的には共有されていなかったようなのです。
このような事を踏まえると、たしかに「除夜の鐘」というものが鎌倉時代に日本に伝わり室町時代から江戸時代にかけて広まったという、私がその程度の歴史なの?と思った説でさえ信憑性を見出すのは難しくなってしまいます。
少なくとも、お寺の鐘が時報としての役割を終え、定時法が国民全体に定着していったと思われる明治以降でなければ「除夜の鐘」というものが日本の年中行事として成り立つ事は難しかったと考えざるを得ません。
昭和2年 (1927年) に初めてラジオによって上野の寛永寺の除夜の鐘が中継放送された事がきっかけで他のお寺も除夜の鐘という行事を取り入れはじめ、徐々に日本中で定着していったという説の信憑性はじつはかなり高いと言わざるを得ないでしょう。
ではその元となった寛永寺はいつから除夜の鐘を始めたのかというと、この時のラジオの放送局であった東京放送局 (現NHK) が当時、寛永寺に頼んで放送したという説があるのですが、ただこれは寛永寺が行っていた除夜の鐘を中継放送させてくれと頼んだのか、放送局側が考えた大晦日の終わりから年を越えて元旦にかけて鐘を撞く除夜の鐘という企画を寛永寺に頼んで行ってもらったのかはわかりません。

私は今まで除夜の鐘というものを歴史ある伝統行事だと思っていましたが、実際のところは昭和の時代に入ってから広まり、定着した可能性がかなり高い事を知りました。
しかし、仮に昭和から始まった行事であったとしても、除夜の鐘は日本の文化として定着し、日本人がそれを認識してきたことは事実です。年が終わり新たな年が始まる、その年に1回の午前0時をまたぐ暗く冷たい真夜中の静やかな世界で、歴史ある大きく荘重なお寺の鐘を108回撞き響かせるというその荘厳な行事はとても内省的かつ哲学的であり、アッパーでハイなバカ騒ぎやどんちゃん騒ぎとは一線を画す、侘(わび)・寂(さび)にも通ずる日本の貴重な文化だと捉えても良いのではないでしょうか。
日本人の人生観や生活習慣や住環境は時代と共にだいぶ変化してきたと思いますし、これからもより速く大きく変わっていくと思います。それに合わせてお寺や仏教の意義や運営も時代と共に変わっていかざるを得ないと思いますが、「除夜の鐘」という今ある日本の文化を私達は誇るべきだし守っていくべきだと、私は考えるのです。


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